昨年の、数年ぶりに直撃した大きな台風被害で
仕事の段取りも組めず、見通しの立たないさなかの12月

フォーマルなコートの襟を立て、黒の革手袋という
うちの工場では、あまりお目にかからないいでたちの男は
突然に現れた

お得意様から頂いた仕事が、彼の奥さんの車で
その仕上がりが、偉く気に入って頂けたようで
自分の愛車も、塗って欲しいとのこと

「ついてきてくれ」男はそう短く言うと
車を本渡市内へ走らせた
初めて走る道は、とある家のガレージの前で
車を停め、ボタンを押すと
電動でシャッターが開き始めた





「こ、この車は!?」戸惑う原鈑に、男はガレージ内に
声を響かせながら答える「ポルシェ356スピードスター
レプリカだけどな」

「ジェームス・ディーンが事故死した愛車ですね」
今でしょ!の林先生ぶりの博識を披露して
ドヤ顔の原鈑の言葉が、終わるか終らないうちに
男は眉を少しひそめて、言葉を重ねる

「それは550 スパイダー、356は事故を起こす
10日前に手放している」原鈑、口を閉ざし
二の句も出ないのを確認すると、男は続けた

「レプリカというのは、エンジンとシャーシは
ワーゲンビートルで、それにグラスファイバーの
ポルシェのボディを被せてあるんだ




そんなジャンルの車があるとは、まるで知りもしなかった
目の前には、特徴的な流線型の滑らかに丸みを帯びた黒い車

そしてこのガレージの中、その筋の男の夢を
まさに具現化している空間だ




その圧倒的な空気感に、戸惑っている原鈑に
男は言葉を続けた

「この車のモールを取って、穴埋めして塗って欲しい」
そう言われたものの、大きな問題があることに気が付いた
この車、パネルの継ぎ目がないのだ

普通は、車の前部は、ボンネットと左右のフェンダー
パネル3枚で構成されている

しかしこの車は、左右のフェンダーが前後とも
一体化しているのだ

モールの穴埋めをして、塗るとしたら
塗らないパネルは、後ろのエンジンフードと
ボンネットのみ!!

ゆくゆくは、ポルシェシルバーに塗り替えたいと言う
オーナーに、原鈑は言ってしまうのだった

「もう全塗装されたらどうですか?」
しかしその言葉が、ゆくゆくは原鈑自身を
塗装の泥沼へと導くことになる

年が明け、数十年ぶりの大雪が溶けきるのを
待ちきれないかのように、356はやってきた




目にした誰もが、「この車ナニ??」
この車なんで塗るの?」そう口にする




そう、この車は明らかに完成されている
これからまた、手を入れるなんて
誰もが理解しがたいだろう

それでも、オーナーの理想に近づくため
やらなければならないのだ
もう後戻りはできない

バックギヤのない仕事が始まる
行く先は称賛のゴールか
それとも、破滅の谷への疾走か・・・




覚悟を決めて、部品を取り外す
一つの部品が、何万、あるいは何十万
いや、モノによってはもう手に入らないものもある
失敗の許されない作業が続く

先の見えない、霧の中へ
どんどん突き進むのだった・・・






















  


Posted by 原田鈑金塗装  at 02:07Comments(4)塗装